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zoom RSS 薔薇にまつわるチョット良い話(ピースについて)

<<   作成日時 : 2008/07/21 21:46   >>

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 2008年7月18日(金) 雨
 梅雨明け直前の金曜日、ついに雨が降りました。しかも午前中だけ。
 久し振りの休みです、今回は閑話休題ということで、薔薇をテーマにしたチョット良い話をご紹介します。
 以前にこのブログで「黄色の薔薇」をご紹介しました(2008年2月8日)、あの話のように薔薇には愛にまつわる逸話がたくさんあるようです。男女の愛、人間への愛、平和への愛そして薔薇への愛などなど。

 昨年、私の個人ブログ「花咲おやじ」 http://hanaokinin.cocolog-nifty.com/hanasakaoyaji/
に、薔薇にまつわる話をいくつかご紹介いたしました、既にお読みいただいた方もいらっしゃると思いますが、初めての方のために、改めて機会を見つけて順次紹介させていただきます。
 その中から今回は「ピースについて」です。

  
バラの小径(ピースについて)2007年2月14日掲載
 「ピースってどんなバラですか?」との質問を数人の方から頂いた。
 先ずは写真をご覧いただきたい、残念ながら迂闊にも私のファイルに適当な写真が無かったので、http://www.hijirigaoka.or.jp/pha/flo0405bara.htmから借用させていただいた。神代公園で撮影されたということであるが、ピースの特徴を見事にとらえた素晴らしい写真である。
画像

 ピースの花弁は直径15cmにもなる大輪で、色は淡いクリーム色、縁は明るいピンクに染まる。香りは決して強くは無いがバラ特有の優雅な香をほのかに放つ。文字通りピースファミリーの頂点に立つ20世紀を代表する銘花である。
 この薔薇の生い立ち、名前の由来については綾瀬市のピース大使、増田元一郎とおっしゃる方が同市のホームページに詳しく紹介されている。http://www.city.ayase.kanagawa.jp/hp/page000006600/hpg000006529.htm
 ここではお忙しい皆様のために要約版をご紹介することにする。
 1942年11月初旬、バラの育種家フランシス・メイヤン氏はリヨンのアメリカ総領事ウィットギル氏から一本の電話を受けた、総領事とはバラを通じて交流があった。「リヨンにもナチスが迫っている。私はアメリカに帰国せざるをえない。ついては、5百グラムまでの小包なら持って行く」という申し出である。メイヤンは領事館に駆けつけ、一つの小包を渡した、そのおもてには「3−35−40」とだけ書いてあった。
 それは、これに賭けようと彼が選んだ「自分のバラ」の苗木の符号であった。
 2年余りが過ぎパリがナチスから解放された頃、全米バラ園芸協会は「3−35−40」の並はずれた資質を認め、このバラに「ピース」の名前を用意した。
 命名式は1945年4月29日の日曜日、カリフォルニア州パサデナで開催中の太平洋岸バラ園芸協会の全国大会会場で行われた。当日、多くの有名人が見守る中、コロンビア映画の人気女優ミス・ファルケンバーグが白い平和のハトを飛ばそうとした、正にその時、ヨーロッパから重大ニュースが飛び込んで来た。
 「本日、ベルリンが陥落しました」会場はワーッとわき、次に声にならない声でどよめいた。泣いている人もいた。  それから白いハトが、この平和のメッセージを全世界に伝えるべく、カリフォルニア・ブルーの青い空に放たれた。
 その年の5月8日、連合国側50カ国の代表がサンフランシスコに集まり「国際連合」の創設を協議する事になった。代表たちがホテルの自室に入ると、そこには見た事もない大輪のバラが待っていた。付いていたカードには、こう記されていた。
 「このバラは、去る4月29日ベルリン陥落の日にパサデナにおいてピースと命名されました。願わくばこの花の名において全世界に恒久の平和と安定がもたらされますよう、御活躍をお祈り申し上げます。 全米バラ園芸協会事務局長 アール・C・アレン(博士)」
 全米バラ園芸協会は全米バラ選抜大賞をピース、当時の「3−35−40」に与える事を決定していた。 この受賞者発表は同年8月15日に予定されていたが、この同じ日、日本は無条件降伏し第二次世界大戦は終結した。

 続いて日本人とピースの出会いについてである。次の2件を参考にさせていただいた。
 http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/barazukan-historyrose.html
 http://www.imasy.or.jp/~mohri/rose/jkrs/20/jkrs2014.html
 1948年、鈴木省三等の尽力で「バラ展」が銀座資生堂パーラーで開催された、戦後わずか3年のことである。
 ここに出展されたのはいずれも鈴木氏達が、あの戦争の中で「これは麦畑だ」などと言い訳しながら守り育て続けたバラ数百種であったという。
 このことに感銘を受けたGHQ将校カーマン氏が帰国後、翌年の日本貿易博覧会のバラ展に出品するよう、二十数本の薔薇を鈴木省三に宛て米軍用機で送ってくれた。これが日本人が初めて目にするピースであった。

 今回は写真から文章まですべて引用になってしまった。
 付け加えて語るべきことは何も無い。締めくくりにも北原白秋の詩を使わせていただく。
 
薔薇二曲  北原白秋

  一
 
薔薇ノ木ニ
薔薇ノ花サク。

ナニゴトノ不思議ナケレド

  二

薔薇ノ花
ナニゴトノ不思議ナケレド。

照リテ極マレバ木ヨリコボルル。
光コボルル。
 

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
恐れ入ります。
こちらに掲載されている「薔薇二曲」の書作品の管理者の者でございます。
本日、こちら様のブログをはじめて知りました。
写真および文章については、無断での使用はお断りしている旨を当方のブログに記載しております。
申し訳ございませんが、削除のお願いをさせていただきたく思います。
よろしくお願いいたします。
kue_chikyo
2009/05/10 10:01
kue_chikyo様
貴重なお写真を無断で掲載し、まことに申し訳ありませんでした。
Yahooの画像検索で拝見し、余りにも素晴らしい書でしたので思わず使わせていただきました。
元のブログを確認することを怠り、ご迷惑をおかけしましたこと心からお詫び申し上げます。
早速画像を削除いたしました、また私の個人ブログも同様にいたしました。
今後注意いたしますので何卒ご容赦の程お願い申し上げます。
花咲おやじ
2009/05/10 11:29
こちらこそ、早速のご対応をありがとうございました。
はじめ、とても美しい薔薇の写真とブログの真摯な文面に、そちらさまのお心とお人柄を思いました。
申し入れにあたっては本当に悩みましたが、みなさまに同様のお願いをしておりましたので、こうした形を取らざるを得なかったことを改めてお詫びいたします。

時々、ブログにお邪魔させていただければと存じます。
拝見しておりますと、薔薇の優雅な香りがこちらまで届いてくるようです。
次第に暑い季節となって参りますので、どうかくれぐれもご自愛くださいませ。
kue_chikyo
2009/05/10 12:19
お詫びなどとんでもございません。
ご迷惑をおかけした上に、更にお心遣いまでいただき恐縮しております。
しかし、今回のことがきっかけで私たちの薔薇園のブログにもご関心をいただいたのも一つのご縁かと存じます、ご感想などをお聞かせいただけましたら大変幸いです。
kue_chikyo様のブログにも機会を見てお邪魔させていただきます。
花咲おやじ
2009/05/10 17:28

はじめまして。
早速ですが、今日、旧古河庭園に行き、薔薇を楽しんでまいりました。
その中に大好きな「ピース」がが綺麗に咲いていたので、是非私のブログでその誕生秘話を紹介したいと思いましたところ、貴方様のブログにたどりつきました。
文章を一部転載させていただきたけま船でしょうか?
お願い申し上げます。
写真は、臨場感?を持たせるために稚拙でぼやけてはいますが、携帯で撮ったものを載せようと思います。
N52
2009/05/26 18:40
N52様
ピース誕生から命名にいたる物語は本当に感動的ですね。1人でも多くの方々に知っていただき平和の大切さを思い出していただければと考えております。
文章の転載は勿論結構です、ご丁寧にご連絡をいただきありがとうございました。
花咲おやじ
2009/05/26 20:48

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